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徐放性医薬組成物の明細書の記載要件について(大法院2018.10.25宣告2016フ601判決)

1) 序論  徐放性製剤(Extended-Release preparations、ER)は、医薬品の投与回数を減少させ、副作用を低減させるために製剤からの有効成分の放出速度、放出時間、放出部位を調節する製剤をいう。このほど法院は、動物実験に基づいた薬理データが記載された徐放性製剤の特許が明細書の記載要件を備えていないと判断した特許法院の判決を破棄差し戻しする判決を宣告した(大法院2018.10.25宣告2016フ601判決)。

(2) 事案の概要  本件特許発明は、「活性成分としてのオクトレオチドまたはその製薬において許容される塩と2種の異なる乳酸グリコール酸共重合体(PLGA)を含む徐放性医薬組成物」に関するものである。本件特許発明の明細書には、「本発明に係る医薬組成物は、3ヶ月を超過する期間、好ましくは3ヶ月〜6ヶ月に渡って活性成分を持続的に放出させる。活性成分が放出される間にオクトレオチドの血漿レベルは、治療的範囲内にある。」と記載されている。また、本件発明の明細書の実施例には、該当組成物をウサギに投与して96日間ウサギの血漿中のオクトレオチドの血漿濃度を測定した実験方法と実験データが記載されている。  原告は本件特許発明の新規性、進歩性、発明の説明記載要件を満たしておらず無効とすべきであるという理由を挙げ特許審判院に無効審判を請求したが、特許審判院は、本件特許発明の新規性及び進歩性が否定されず、発明の詳細な説明及び特許請求範囲の記載が特許明細書の記載要件を満たしているとの審決を下した。  これに対して原告は特許法院に審決取消訴訟を提起し、特許法院は、通常の技術者が本件薬理データ等の明細書の記載によって特殊な知識や過度の実験を経ずに、本件特許発明のオクトレオチド徐放性製剤が有する効果を正確に理解できるとみなし難く、通常の技術者が本件明細書に記載されたウサギについての薬理データから人に対するの長期間の治療効果や人の血中濃度の様相を推定するのは難しいと判断した。つまり、本件特許発明の説明は、通常の技術者が発明を容易に実施できるほど、その発明の効果が記載されていないため、特許法第42条第3項に違反しているため登録は無効とするべきだと判決した。

(3) 大法院の判断  大法院は、徐放性医薬組成物の明細書の記載要件について、「物の発明 」での明細書の記載要件の法理を適用して、次のように判断し、特許法院判決を破棄差し戻した。 ①実施例に記載された薬理データによると、オクトレオチドは投与の3日後から89日の間、継続的に放出され、血漿濃度の変動幅も安定した範囲内にある。 ②除放型製剤の薬効が持続的に示すかどうかを確認するためには、徐放性製剤の投与後、活性成分の血中濃度が持続的に維持されているかどうかを確認すればよい。動物を対象に、特定の活性成分の血中濃度を実験し測定した結果を使用して、人体内の血中濃度を予測する方法は、本件訂正発明の優先日当時、国内外で徐放性製剤の分野で広く活用されており、そういった動物実験結果をもとに、多くの特許出願と特許の登録がなされた。 ③本件特許発明の明細書に記載されたように、ウサギにオクトレオチドの過量を投与した後、測定した血中濃度が約3ヶ月の間に一定のレベル以上持続的に維持された場合に、通常の技術者が、その結果をもとに人に対しても血中濃度が同じような期間継続的に維持されるだろうと推論することが可能であり、同様の方法で再現することができる。 ④活性成分の薬効が作用部位での薬物濃度に比例するということは技術常識なので、通常の技術者が本件発明の明細書に基づいて必要な治療範囲を維持するために徐放性組成物の投与量を調節することに特別の技術的困難があるとは思われない。 ⑤通常の技術者が出願当時の技術水準を基準にして、本件特許発明の徐放性医薬組成物を製造・使用することができ、発明の効果を十分に予測することができる以上、人を対象にした臨床試験結果などが特許明細書に記載されていない場合でも特許明細書の記載要件は満たしているとみなすことができる。

(4) 判決の意義  本件判決において大法院は「徐放型医薬組成物」の明細書の記載要件について厳格な薬理データの記載レベルではなく、「物の発明」での特許明細書の記載要件を適用した点に意義がある。  さらに、本件特許発明である徐放性医薬組成物のように有効成分の薬理機序などの薬理効果が明らかになっている公知の医薬物質に、吸収率、溶出率などを改善するために製剤の物理的な形態に技術的特徴がある構成を追加する程度の剤型発明においても「物の発明」での明細書の記載要件に関する大法院の法理を適用して特許明細書を作成することができるだろう。

 

1 「物の発明」の場合、その発明の「実施」とは、その物を生産、使用するなどの行為をさすため、物の発明で通常の技術者が特許出願当時の技術水準から見て、過度の実験や特殊な知識を付加しなくても発明の詳細な説明に記載された事項によって物自体を製造し、かつこれを使用することができれば、具体的な実験などで証明がされていなくても、特許出願当時の技術水準から見て、通常の技術者が発明の効果の発生を十分に予測できる場合は、特許法第42条第3項で定めた記載要件を満たすとみなすことができる(大裁判所2016年526.宣告2014フ2061判決)。

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